クリティカルチェーンは、そのプロジェクトを完了するための最長の経路です。すなわち、プロジェクトの期間は、クリティカルチェーンによって決まります。したがって、プロジェクトの納期、あるいは、プロジェクトの開始日を決めるための情報として、クリティカルチェーンの時間的な長さを知る必要があります。
クリティカルチェーンの時間的な長さを知るためには、すべてのタスクについて、その実行にかかる時間を”知る”必要があります。ただし”知る”と言っても、タスクを完了するために”本当に”どれだけの時間が必要かは、そのタスクが終わってみなければわかりませんので、”見積もり”、すなわち、推測をします。
タスクの時間見積もりは推測とは言え、顧客との約束事項であるプロジェクトの納期を決めるための重要な情報となります。そのため、タスクの見積もり精度は、”十分に良い”(Good Enough)と言えるレベルで行う必要があります。
”十分に良い”(Good Enough)レベルというのは、人それぞれの感覚に依存してしまうあいまいな表現ですが、私がガイドする場合に目安にしていただいている状態は以下です。
・その時点で得られている検証済み事実を元に、
・通常考えられる”ばらつき”(変動性)や”不確定要素”(不確実性)を考慮に入れて、
・約束した品質(仕様)を確実に満足することができる時間で、
・「まぁそれくらいの時間があれば、ほぼ確実に終わるよね」と関係者が同意できるレベル
・タスクの実行責任者が「うーん」と唸ったときは「じゃあ、もう1日足しておきますか?」と「うーん」と言わなくなるまで足していく
ちなみに、この目安にはすでに紹介した原理原則1が反映されています。
原理原則1;「プロジェクトを不確実性から守るためには、必要十分な時間を用意する」
ここで”十分に良い”(Good Enough)レベルは、非現実的な要素が含まれていない非常に保守的な見積もりを想定しています。
さて、この”十分に良い”(Good Enough)タスクの見積もり時間の定義について、異論があるかたもいらっしゃるのではないかと思います。例えば「そんな見積もりの仕方ではとても顧客の指定する納期に間に合わない」、あるいは「そんな見積もりの仕方では競合他社よりも時間がかかりすぎて競争力がない」、「それでは儲けが残らない」といった異論です。
確かにその通りです。
このような安全側の見積もりでもビジネスが続けられる環境は、(まったくないわけではないですが、)そうそうはないでしょう。”十分に良い”(Good Enough)タスクの見積もり時間の合計よりも、もっと短い時間でプロジェクトを遂行しなければならないことは、皆さん経験されている通りです。
現実の状況では、”十分に良い”(Good Enough)と感じる時間よりも、もっと短い時間でタスクを完了することに挑戦しなければなりません。
その結果、不確実性に対する十分な保護時間を各タスクに確保するか/しないかというジレンマに直面することになります。一つ一つのタスクを確実に時間通りに完了するためには、十分な保護時間が必要なことは理屈的にはわかっているのですが、”十分に良い”(Good Enough)と思えるだけの時間を確保していたのではビジネスにならないわけです。
このジレンマを解消するために多くの場合、なんらかの”無理”をしてしまいます。根拠なくタスクの見積もり時間を短くしたところで、実行段階になればさまざまな形で”無理”が生じます。残業、休日出勤、手抜き、追加コスト。。。
CCPMでは”無理”をせずに、このジレンマを解消します。
このジレンマを解消する方向性は、すでに原理原則1’に示していました。
原理原則1’;「プロジェクトを不確実性から守るためには、必要十分な時間を用意し、大きなかたまりにまとめる。」
この大きな時間のかたまりをつくり出すために、当初の見積もり時間から不確実性に備えるための余裕時間を取り除いてタスクの見積もり時間を短くします。ここで留意が必要なことは、各タスクが実際にどれくらいの時間で完了でき、余裕時間がどれだけ含まれているのかは誰にもわかりませんので、細かな議論しても意味がありません。
ここでは、経験的に証明されている実用的な数字を使います。
CCPMに関する文献の多くに書かれている通り、繰り返し性のないタスクが”ほぼ完了できる”(完了確率80〜90%の)時間は、”完了できるかできないか五分五分”(完了確率50%)の時間の2倍に相当すると仮定されています。
すでに完了確率80〜90%に相当する時間として”十分に良い”(Good Enough)見積もりをしていますので、その値を半分にすることで”完了できるかできないか五分五分”(完了確率50%)の時間は簡単に計算で求めることができます。各タスクの実行は、この”完了できるかできないか五分五分”(完了確率50%)の時間に挑戦します。
この時間は、当初見積もり時間の半分です。当初見積もりがいくら安全側であったとしても、その半分の時間でタスクを完了させることはほとんど無理だと感じてもそれは当たり前です。勘違いをされるケースが非常に多いので念のために書いておきますが、挑戦的にする意図は「タスクを当初見積もりの半分の時間でやりなさい」と言っているのではありません。
タスクの見積もり時間を単純に当初の半分にカットする狙いは、3つあります。
一つ目は、見積もった時間が守らなければならない”約束事項”ではないことを明確にするためです。
一般に、タスクの見積もり時間はプロジェクトの納期と全体スケジュールを決める根拠となる情報のため、”見積もり”(推測)と言いながらも、実行の際には守るべき事項として扱われてしまいます。
”十分に良い”(Good Enough)見積もり時間よりも短い時間での完了を”約束”するためには、何らかの無理をしなければなりません。
我々は、各タスクに対する挑戦的な見積もり時間を守ることにチャレンジするのではありません。各タスクをその時の最善を尽くして、できるだけ早く終わらすことにチャレンジするのです。タスクに期限は設定しません。始めたならばできるだけ早く終わらせる。それだけです。
したがって、見積もった時間の情報は納期設定のために使いますが、それがタスクの実行時間の約束とも目標ともなるわけではありません。当初見積もった時間の半分になどだれも約束していませんから、タスクの見積もり時間が実行段階で守るべき約束事項ではないことは明白です。
二つ目は、正しい数字が誰にもわからない時間見積もりのために時間を浪費しないためです。
確実に終わるであろう時間は直感的に見積もることができますし、もし関係者の意見がわかれた場合でも、もう十分だと感じるまで時間を足していけば良いので総意をまとめるのが簡単です。それを半分にカットすることで”完了できるかできないか五分五分”(完了確率50%)の時間を導くことは、ただでさえ忙しいプロジェクトの準備段階で余計な議論に時間をとられず実用的といえます。
三つ目は、イノベーションの機会を無駄にしないためです。
普通、”完了できるかできないか五分五分”(完了確率50%)で見積もって下さいと言われて、通常の見積もりの半分を提示できる人はいないと思います。
今までのやり方で考えて五分五分の見積もりをしたところで、通常、初期見積もりの7−8割への短縮がいいところです。半分にしようと思えば、いままでのやり方では無理だと感じるのではないでしょうか。
この「絶対不可能だ」と思えるような課題は、イノベーションの機会を与えてくれます。(※補足)
さあ、これで各タスクから余裕時間を集めることができました。次の課題は、この時間をどうまとめるかですが、この話題は次の章で書くことにします。
(※補足)日本企業のイノベーション機会の生み出し方
松下幸之助に関する有名なエピソードがあります。
「3%のコストダウンは難しいが、3割ならばすぐにできる。3%だったら、今までの延長線上でコストダウンを考える。しかし、3割下げるには商品設計からやり直さなければならない。そうだとしたら、3割は無理ではない。やってみよう」
この考え方は多くの日本企業で用いられており、野中郁次郎氏はその著書『流れを経営する』の中で次のように書いています。
「困難や矛盾のあるところにこそ新たな発想の機会があり、それを克服しようと努力するところにイノベーションが生まれる。」
「事業活動の中で必ず発生する二律背反の状況を、あれかこれかの二者択一で一方に決定するのではなく、斬新なアイデアにより矛盾を超えることが重要である。」
「矛盾を作り出すことにより、矛盾に直面した組織成員が持てる知を総動員し、深く考え抜いて本質を追求し、矛盾を綜合して一段レベルの高い知識を創造する」
「知識は、流動する関係性の中から生み出される矛盾を二者択一によって解決するのではなく、矛盾を内包したより高次のレベルへ綜合する弁証法により創造される」
このようなアプローチは、パナソニックばかりでなくトヨタ、ホンダ、キャノン、セブンイレブン、東芝など多くの企業でとられてきました。
対立や矛盾を機会ととらえ、安易な妥協ではなくその本質的な解消によって一段高いレベルへと進むやり方は、まさにTOCの真骨頂とするところです。
(TOCでは『クラウド』という思考ツールを使います。クラウドについて詳しくは、また別の機会に書きます。)